【東南アジア旅行記①】 17/09/09~10 前編 ~Destruction and Prosperity~ 『一人旅』「アユタヤ、バンコク」

【東南アジア旅行記①】 17/09/09~10 前編 ~Destruction and Prosperity~ 『一人旅』「アユタヤ、バンコク」

 

※こちらの記事は別のブログのエントリーに修正・加筆したものになります。

 


 

 

帰って来てから少しづつ書いていたので、

かなり時間が経ってしまったのですが、

9月の一人旅を記しておきたいと思います。



久々の一人旅へ

 

今夏のひとり旅のざっくりとしたイメージは2ヶ月くらい前からあった。

ただ、8月はやることがあり過ぎて、具体的には何も決めていなかった。

9月に入って、終わりが見えたこともあり、少しずつ行き先を絞っていった。

候補はザックリと10個くらい出して、そこから篩に掛けていった感じ。

確か候補はこの10個。←多い。笑

 

  • バンコク     (タイ)
  • ハイフォン    (ベトナム)
  • シェムリアップ  (カンボジア)
  • レイキャビック  (アイスランド)
  • ストックホルム  (スウェーデン)
  • ヴィリニュス   (リトアニア)
  • ヘルシンキ    (フィンランド)
  • ダブリン     (アイルランド)
  • ザグレブ     (クロアチア)
  • アムステルダム  (オランダ)

 

最有力候補はヘルシンキ

だった…。

直前までは…。

 

旅の始まりはいつだって心の向くままに

 

ラジオや本で若林さんのキューバの話を聞いたり、

読んだりしたこともあり、

社会主義の国をこの目で見ておきたいなぁとキューバに心を惹かれつつも、

北欧へ行こうと思っていた。

 

しかし、不思議なもので出国の2日前に、東南アジアに惹かれている自分がいた。

僕はこういう時の心を大切にしている。

今の自分が観たい景色、観ておくべき景色がそこにあるのだと思う。

こういう直感的なものはこれまでも、いつだって正しかった。

 

欧州には住んでいたこともあってそれなりに訪れる機会も多いけれど、

実はアジアの国は数ヶ国、東南アジアに関しては足を踏み入れたことが無かった。

そんな経緯で、2日前に東南アジアへ行くことを決めた。

 

1週間ばかりの自由を手に、旅の始まりは告げられる

 

出発

 

前日にパッキングを済ませる。

バックパック一つを背負い成田からバンコクへ。

機内へ搭乗する。

座席に着くといよいよ一人だ、やっと旅に出られる。

この高揚感は何度味わってもいいもんだなぁ。

 

地球の歩き方に目を通し、少しばかりのタイ語を頭に入れる。

そして、タブレットでサッカーの映像を観たり、iPodをシャッフル再生する。

 

普段はアルバムを通して聴くことがほとんどだけど、

旅に出るとシャッフル再生をして聴くのが、自分の中で定着している。

不思議なものでその時の景色や気持ちに必要な曲を届けてくれるのだ。

 

夜の便で日本を発ったので、離陸して少しすると日付が変わった。

日本から物理的に離れていくのに従って、心は軽くなっていく。

何事も一旦、距離をおいてみることが大切なのだと考えたり。

自分の戦うべき舞台は今現在、日本の東京だけど、出来れば戦いの舞台を移したいなと考えてみたり。

昔から一つの場所に留まっているのは性に合わないんだよなぁ。

 

頭の中であれやこれやと思考を巡らせながら、外に目を向ける。

機内の窓から見える視界の限りに続く暗闇の中に、薄らと明かりが見えてくる。

フライト時間を考えるとおそらく、ベトナムかラオスの街の明かりだ。

僕らに日常の生活があるように、その明かりの下にも人々の暮らしがあるのだ。

 

その後、徐々に天候が悪くなっていった。

巨大な鉄の塊は大きく揺れながら、稲光が明滅する雲の中を東南アジアへと僕らを運んで行く。

6時間程のフライトで、東南アジアの地に初めて降り立った。

 

少しばかりの自由を手に、旅は始まりを告げる。

 

国鉄に揺られながら、東南アジアの風を感じる。

 

国鉄のプラットホーム

 

朝7時、タイ国鉄に乗ってアユタヤへ向かう。

駅が見つからず、行ったり来たりしたが、まぁ当然電車は、時間通りには来ない。

ここでは電車が時間通りに来なくたって大したことじゃない。

そんな心の余裕も東京を離れれば生まれるんだなぁと。

 

かなり遅れて電車がやって来た。

ローカルの人々で満員の3等車に乗り込む。

列車には扉もなければ、窓も全開。

このローカルなアジア感が堪らない。

 

列車がスピードを上げると目一杯の風が全開の窓から吹き込んでくる。

最高に気持ちがいいけど、コンタクトを入れた目が乾いてキツいぜ。笑

 

車内でも、駅に着いたときに当然アナウンスなど流れない。

もちろん、到着した駅名を示すディスプレイも車内にはない。

たった今到着した駅が何という駅なのかも分からない。

 

まぁ何とかなるかと思い、外の景色を眺める。

しばらく電車に揺られて、そろそろかと思い、ひたすら町の看板にAyutthaya(アユタヤ)の文字を探す。

あった!多分、此処だなと。若干不安だったが電車を降りた。

 

 



陽射しが照りつける古都アユタヤへ。

 

駅の端に駅名の看板を見つけた。おぉ、遂にアユタヤに来た!

同時にもっと車内から見えるところに設置してくれよと思った。

日本で電車に乗れば自分で駅名を確かめることもなく、アナウンスを聞けば今到着した駅の名前がはっきりと分かる。

所が変わればtaking for grantedは通用しないのだと。

ここではこれがtaking for grantedなのだと感じた瞬間だった。

 

アユタヤに到着

 

駅を一歩出ると、トゥクトゥクの運転手たちが待ち構えている。

「観光か?乗っていけ」と片っ端から声を掛けてくる。向こうも仕事だからね。

「朝からお疲れ様です。」

早くも東南アジアに来たんだなと実感。

 

ただ目の前の道を一本渡ると川があって、そこを船で渡るのが一番アユタヤ遺跡に行くには近い。

トゥクトゥクに乗ると大きな橋を渡るために大回りすることになってしまうのだ。

なので、捕まっている人を横目に道路を渡る。

道路を渡りボート乗り場へ。

5バーツを渡し、船で対岸へ渡る。

そこから遺跡群へと歩を進める。

 

それにしても暑い。少し歩いただけで汗が滝のように流れる。

この1日だけで何本の水を飲んだのか。

今年、雨ばかりだった東京で感じられなかった夏を、タイで十分すぎるほどに感じた。

 



繁栄と破壊の地で、時に思いを馳せる

 

遺跡群が見えてくる

 

しばらく直進すると遺跡が目に飛び込んできた。

料金を支払いワット・マハタートへ。

ビルマ軍の侵略によって廃墟と化した仏塔や仏像の数々。

 

 

崩れたレンガの壁

 

木の根に埋め込まれた仏頭

 

頭のない仏像

 

 

 

戦いの被害の大きさが伺えた。

古都の面影はあまり感じられないほどに破壊されていた。

正直、ここを訪れるまでここでの歴史については全く知らなかった。

こうして、訪れる地の歴史などを知ることができるのも旅の魅力の一つであると思う。

 

遺跡群一帯の歴史公園は草原のように視界いっぱいの緑が広がり、野犬が木陰で暑さを凌いでいる。

アユタヤの遺跡群の一帯を回っている間、

ビルマ軍の攻撃を受けた当時のまま、

ゆっくりとした時が流れているような、

はたまた当時のまま時が止まっているかのようななんとも不思議な感覚に陥った。

 

 

青と緑の美しい景色

 

こんなにも綺麗な青空の下でしばらくの間、緑と池、そして遺跡群を眺めながらただボーッとしていた。

暑さを感じながら、何を考えるでもなく、時間にも何にも追われることのない時間を過ごす。

ただただ、ゆっくりと時を刻む。

ここを流れる時間は、普段生活している東京を流れる時間とは根本的に違うのだと悟った。

 

こんなに綺麗な青い空を見上げているのはいつぶりだろう。

だけど、清々しいほど晴れた世界は僕には眩しすぎる。

眩しすぎると目の前にいる君の姿さえ見えなくなってしまう。

 

 



 

遺跡群を後にバンコク市内へ

 

のんびりとした時間を過ごし、遺跡群を一通り巡り、バンコク市内へ移動するためにアユタヤ駅へ戻る

来る際に渡った川の近く、50メートルくらいまでトゥクトゥクの営業を断りながらたどり着いて安心しているとまたしても営業が、、、。

戻ってきてるんだから乗らないだろと心の中で思いつつも、

「そこの川を渡るから」と伝えるがまだ乗れと言ってくる。

これは英語通じてないなと思いつつも、

もう一度、「乗らないよ。すぐそこの川を渡るんだ」と伝え先へ進む。

余計なお世話かもしれないがもう少し賢くやればいいのにと思ったりもした。

 

そしておばちゃんが熟練の技で操縦する船で川を渡り、

アユタヤ駅からタイ国鉄でバンコク市内へ向かう。

 

車窓から見える未開の地、射し込む日差し、

吹き込んでくる風、何もかもが生きていることを感じさせる。

 

さぁ、旅は始まったばかりだ。

 

【東南アジア旅行記②】へ続く

 

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