【書評】『日本代表とMr.Children』「じゃあ、お前がやってみろ」という一言が当たり前のように聴こえてくる日本の現状。そして、サッカー日本代表。

 




 

【書評】『日本代表とMr.Children』                         「じゃあ、お前がやってみろ」という一言が当たり前のように聴こえてくる日本の現状。そして、サッカー日本代表。

 

 

footballistaの記事と、『日本代表とMr.Childrenを読んで、長年抱いてきた違和感に対する答えのようなものの一端が垣間見えた。

 

試合後(特に代表戦)、批評を呟くと、事あるごとに「じゃあ、お前がやってみろ」と言われてきた。僕はそれでも、批評をすることをやめていない。そして、その一言に大きな違和感を感じざる得なかったが、その答えを見つけることができないまま、今日までフットボールを観てきた。

 

これが罷り通ってしまう社会なのであれば、サッカーに限らず、政府や、政治にすら何も言えなくなってしまう。この例は話が少し大きいが、要はこれと同じことを意味するのだ。

 

批評をせず、「じゃあ、お前がやってみろ」で終わらせてしまうのは、ある種の逃げであり、思考停止であるのではないだろうか、考えることから逃げているだけではないだろうか。

 

また、その批評から議論が生まれるのではないか。その議論によって、サポーターのサッカーへの理解が進んでいき、サッカーが日本に本当の意味で根付いていくことに繋がるのだと僕は信じている。

 

もちろん、批評に値しないただの悪口のようなものは全く必要ないが、批評が機能しない社会は衰退の一途を辿ることになるだろう。

 

【URA_KAISETSU(裏解説)が表になる日】地上波でのサッカー中継の在り方。解説者の存在意義をもう一度考える。『0014catorce』「戸田和幸、中西哲生、小澤一郎」

 

僕自身もカテゴリーはどこであれ、サッカー界で生きてきた人間であるし、真剣にフットボールと向き合ってきた人間である。ピッチ上でプレーする22人(+α)の凄さはプレーしてきたからこそわかることもある。彼らへのリスペクトはいつ何時も忘れたことはないのも事実である。「批判している人=選手へのリスペクトがない人」では決してないのだ。

 



 

2018年の終わりに、ヴァイッドが契約解除されたその瞬間から、ロシアワールドカップの大会へ向かい、Round of 16ベルギー戦の試合終了のホイッスルが鳴るまでを回想してみた。

 

経験したことのない異様な状況であったことを冷静になって振り返ると強く感じる。右へ倣えで応援しろ、こんな時だから一つになろう、ポジティブな意見だけを言え、どこかそんな風潮があったような気がしてならない。もちろん、当事者たちだけでなく、サポーター全体の雰囲気として。

 

言いたいことは忖度せずに、言えばいい。日本という社会にはそれが欠落しているような気がしてならない。忖度して口を噤むのならば民主主義国家である意味がないとすら思う。

 

書評と銘打っておきながら、一部分の内容にしか触れていないが、本書と関連記事を読んで思ったことを誰にも忖度することなく綴ったので、そこには目を瞑ってほしい。

 

 

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